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型破りな授業から「自由さ」を

映像クリエーター 佐藤杏南さん

グラフィックデザインやゲーム制作する傍ら、塾で講師をする。
元塾長の教え子の佐藤杏南さんにお話しを伺いました。

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―――映像クリエーターを志した理由を教えてください。
 高校生の頃、アニメやゲームのグラフィックに魅せられ、自分でも制作してみたいという思いから、多摩美術大学のグラフィックデザイン科を目指すことにしました。大学で映像演出研究会というサークルに所属したことをきっかけに、CGや映像制作をさらに深く学びたいと思い、意を決して大学を休学、デジタルハリウッド専門学校に入学しました。
―――周囲の同級生とは少し違う進路を選ぶことに迷いはありませんでしたか。
 私は「興味のあることはとりあえずやってみる」というスタイルなので、自分の決めた道を信じて進むことができました。こういう良い意味での自由さは、矢萩先生に影響された部分が大きいです。
―――どのような自由さですか。
 矢萩先生の授業は、塾や勉強、先生といった既存の概念を壊してくれました。ただ問題を解いて解説をするというものではなく、周辺の知識や幅広い見方を面白く教えてくれる授業でした。矢萩先生の授業を受けたのは、小学校5,6年生にかけての数回だけだったのですが、私も同級生たちも強く印象に残っていて、塾を卒業した後も何度か皆で矢萩先生を訪ねたりしましたね。
―――特に印象深かった思い出などありますか。
 やっぱり、「落書き」です。当時の自分は、勉強よりも絵を描くことが好きでした。ある日の休み時間、黒板にたくさん落書きをしました。普通の先生ならばすぐに消して授業を始めるのでしょうが、矢萩先生はなんと落書きの採点を始めたのです。生徒に目線をあわせてくれるので、勉強が嫌いな自分でも楽しく授業に参加できましたね。ちなみに私は、リアルすぎるドラえもんを描いてやろう、と毎回意気込んでいました(笑)。
―――卒業後にはどんな関わりがありましたか。
 自分が立ち上げにかかわった鎌倉まちづくりプランコンテストを取材していただいたり、運営のアドバイスを頂いたりしました。また、専門学校に入学するために大学を休学しようかどうか迷っていたときなど、何度か先生に相談に乗っていただいたこともあります。
―――映像クリエーターとしての今の生活はどうですか。
 クリエーターの世界は忍耐や根気が必要です。意を決して入学したデジタルハリウッド専門学校でも、卒業時には同期の数は半分近くまで減っていました。厳しい世界であるということを日々身をもって実感しています。振り返ってみると、中学受験や美大の受験などを通して何かに根気強く取り組んだ経験が、いまの自分を支える糧になっていると感じますね。
―――佐藤さんのこれからの展望や目標を教えてください。
 今、目標はふたつあります。ひとつは仕事の場数を増やしてクリエーターとしてのスキルアップをすること。そしてもうひとつは幅広く自分の好きなことにどんどん挑戦してくことです。将来的には、「興味があることはとりあえずやってみる」スタイルを活かして、映像や広告など幅広く仕事をしたいと思っています。多くの人に私の能力を必要と思ってもらえるようなクリエーターになりたいです。

佐藤杏南さん公式webページ
LinkIconhttp://annasatoxx.strikingly.com
インタビュアー/櫻井勇貴・編集/吉野良祐・写真/矢萩こゆき